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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1205号 判決

控訴人(一審原告・反訴被告) 辻田七五三彦

右訴訟代理人弁護士 中尾武雄

被控訴人(一審被告・反訴原告) 黒沼久市

右訴訟代理人弁護士 児玉正義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本訴請求について。

本件公売手続がなされた昭和二六年一二月当時施行の国税徴収法第二六条(現行国税徴収法第九二条に相当)は滞納者は直接と間接とを問わず売却物件を買い受けることができない旨規定している。その趣旨は、滞納者が一面において税金を滞納しながら他面において公売物件の買受人となつてその所有権を自己に保留せんとするのは自己の所有物に執着して公売価格の逓減または公売手続の遷延を策し自己の利益を図つて国家に損害を蒙らしめるおそれがあるから滞納者は一般的に公売物件の買受人となることができないことにして、右のような弊害の生ずる余地をなくすることにある。ゆえに、同条にいわゆる直接または間接に買い受けるとは滞納者が自ら公売手続に参加し自己の名義をもつてまたは他人名義を用いて買い受ける方法によつて直接自己の所有となし、または第三者と契約の上自己の計算において第三者に買い受けさせ間接にすなわち、第三者を経てその所有権を取得する場合を指称するものであつて、自己の計算において第三者に買い受けさせる以上、滞納者がみずから公売代金を出捐したか、滞納者に資力がないため第三者に一時右出捐をさせて置いて後日における償還を約する方法をとつたかは問わないと解するのが相当である(大審院昭和一七年(オ)第八四八号、同一八年二月一二日第二民事部判決参照)。控訴人は当初被控訴人と契約の上自己の計算において被控訴人に本件物件を公買させて間接にその所有権を取得したものであつて、ただその所有権登記名義のみは被控訴人が実際に支出した公売代金を控訴人において支払つたときは控訴人名義に変更することを約したものであると主張していたが、当審において、右主張につき、「控訴人は被訴人との間に、被控訴人において公売物件を競落取得し、控訴人が将来公売価額でその買受けを申し入れるときは被控訴人はこれを承諾すべき旨の売買予約が成立したが、控訴人は昭和三〇年二月頃右予約完結権を行使し、代金の清算を了して公売物件の所有権を取得した」旨釈明した。右釈明にかかる主張は当初の主張と異なることは明らかである。しかし本訴請求は前記第一目録記載の物件が控訴人の所有であることに基づく登記請求であつて、右旧新主張はいずれも所有権の取得原因、すなわち請求を理由あらしめるための攻撃防禦方法に過ぎないから、右の如く主張を改めたことをもつて請求の基礎に変更ありとの被控訴人の抗弁は当らない。

ところで、控訴人の旧主張の契約は前示旧国税徴収法第二六条の規定に違反し、第三者たる被控訴人と契約のうえ自己の計算において被控訴人に買い受けさせ、被控訴人を経て滞納者たる控訴人に間接に売却物件の所有権を取得させることを目的とする契約にほかならないから、公の秩序に反する事項を目的とするものであつて、民法第九〇条の規定に照らし無効であることが明白である。新主張の売買予約についてこの点を考えてみる。なるほど予約である以上予約が完結しないかぎり所有権は依然買い受けた第三者に帰属し滞納者が取得する理はない。しかしながら、右予約は控訴人の主張によれば、公売前(控訴人は予約締結の日を昭和二六年一二月頃と主張し必ずしも明確には主張していないが、被控訴人が本件物件を公売取得するにつき公売代金の一部として八七、〇〇〇円を現実に支出した旨主張しているから、控訴人主張の売買予約が公売前になされたとの趣旨であることは明らかである)控訴人と被控訴人間に締結せられたものであり、被控訴人が公売物件を競落取得しても控訴人が将来公売価格相当金員をもつて買受けを申し入れるときは、被控訴人は右予約に拘束されているため、これを拒否する自由を有せず、その申入れを承諾すべき義務があるというのであるから、右予約は滞納者がその公売物件の所有権を自己に保留することを目的とし、第三者と予約のうえ自己の計算において第三者に買い受けさせ、その第三者を経て公売価格でその所有権を取得しようとするものにほかならないから、公売の公正を害することは勿論である。ゆえに、控訴人がかような売買予約に基づく本契約により公売物件の所有権を取得することは前記法条にいう間接に売却物件を買い受ける場合にあたると解すべく、したがつて、右控訴人主張の予約も旧主張につき説示したると同様無効であるといわなければならない。そうすると右予約の有効なことを前提とする本訴請求は主張自体理由がなく、棄却を免れない。

二、反訴請求について。

被控訴人が昭和二六年一二月二四日本件物件を公買し、同人名義に取得登記を経たことは当事者間に争いがない。

控訴人は被控訴人との間の控訴人主張の如き売買予約に基づく本契約により本件物件の所有権を取得したと主張するけれども、右主張は主張自体無効のものであることはさきにみたところであり、前記公売処分の無効事由あるいは公売が取り消された旨の主張立証がない(控訴人主張の予約ないし契約が存在するとすれば被控訴人は買受け資格を有しないわけである。しかし、それだけでは当然公売処分の無効を招来するものではない)から、被控訴人は前記公売により名実共に本件物件の所有者となつたものであると認めなければならない。

しかるに、控訴人は右土地につき所有権を主張し、原判決添付図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ヲ)(ワ)(カ)(イ)を順次結ぶ線で囲んだ部分を通行し、あるいはこれに立ち入り、被控訴人の右土地に対する所有権行使を妨げていること、控訴人が右土地の南端にある門柱三本のうち東から二本目の門柱にその門標を掲げていることはいずれも当事者間に争いがないところである。

そうすると、被控訴人が控訴人に対し右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ヲ)(ワ)(カ)(イ)を順次結ぶ線で囲んだ部分につき立入り禁止を求め、かつ右門標の撤去を求める反訴請求は正当として認容すべきである。

三、結論

そうすると右結論を同じくする原判決は正当である。

よつて、民訴第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 北後陽三)

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